路上の記録集

散歩ライターの谷頭和希(たにがしら かずき)が日々フィールドワークした場所や感じたことについて記録するブログです。記事の宣伝も。

4月7日_池袋のスタバ圏について_持っている飲み物調べ

池袋に行った。

 

なにか目的があったわけではない。ただちょっと時間があったから、ふらりと訪ねてみただけだ。とはいえ、池袋はまったく知らぬ街ではない。むしろ、なじみの街だ。家から近いということがあってよく行くのだ。

 

それでもって時間があるから今回もまたなにかしら調べものをしてみようと思った。そのとき、ぼくはたまたまサンシャインシティにいて、そしてたまたまスタバが目に入った。スタバといえば、ついこの間の記事で調べたばかりだ。そのときは、「ほんとうにスタバにはMacユーザーが多いのか?」ということを調べた。

 

https://impro-gashira.hatenablog.com/entry/2019/04/07/222518

 

結論については読んでいただければわかると思うが、しかし明らかにデータ不足だから、さらなるデータを待ってまた結論を出そうと思っている。

 

スタバ圏を調べる

 

そう書くと、今度もまたスタバに分け入ってMacユーザーの数を調べるのかと思われるかもしれないが、今日は少しばかり違うことを調べてみた。それは、

 

「スタバ圏のひろがりについて」

 

大きく出たものである。「スタバ圏」。それは、いったいなんなのか。それは一軒のスタバが周囲の環境に及ぼす影響の範囲のことである。それは具体的に、スタバのテイクアウトカップを持っているひとがどれだけの地理的範囲に拡散しているかということで表される。

 

スタバのテイクアウトカップを持つと、ひとはなぜかそこがスタバであるかのような雰囲気を漂わせる。そこが、どこであれ。

スタバのテイクアウトカップを持つと、ひとはなぜかそこがオシャレであるかのような雰囲気を漂わせる。そこが、どこであれ。

スタバのテイクアウトカップを持つと、ひとはなぜかそこに腹立たしい雰囲気をまとわせることになる。それが、だれであれ。

 

残念なことに、この言葉の反復に意味はない。とにもかくにも、スタバ圏がどれぐらいひろがっているかを調べることは、現代のストレス社会に生きるぼくたちにとっては急務であり、余計な腹立たしさを軽減するためには、早急に調査・研究がすすめられねばならぬ事案なのである。ただし、ぼくはスタバが大好きである。

 

それはともあれ、池袋サンシャインでのスタバ圏のひろがりを見てみよう。

 

スタバ圏はどれぐらいひろがっているか

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つたない筆致だが、サンシャインのスタバ周辺図を描いてみた。

今回、スタバ圏を調べるに当たっての方法として、①~③の場所で、そこにいるひとが持っている飲みものをすべて調べ上げ、カウントしてみることにした。本来ならば、道路側まで調べないといけないのだが、例のごとく、思いつきの調査なので、まったく時間がなかった、という言い訳をしておこう。ただし、後にはちゃんと包括的な調査が必要だろう。

 

とまれ、①~③での調査結果を見てみよう。

 

4月7日(日) 16時半 池袋サンシャインシティスタバ周辺にて

 

①スタバ周辺

 スタバのカップ……数えきれない。8割方スタバのカップ(スタバ店内には58人)

 ジュース……2人

 お茶……1人

 水……2人

 スタバじゃないどっかのカフェのカップ……2人

 コーヒー飲料……1人

 

サンシャインシティ敷地内の野外広場(スタバから少しスロープを上がったところにある)

 スタバのカップ……6人

 お茶……1人

 水……2人

 

サンシャインシティに隣接する東池袋公園

 スタバのカップ……0人

 ジュース……3人

 お茶……4人

 コーヒー飲料……3人

 スタバじゃないカフェのカップ……7人

 水……1人

 酒……3人

 

サンシャイン構内に当たる①、②に関しては明らかにスタバのカップ比率が高かったのに対し、そのすぐ横にある東池袋公園では、スタバのカップが消滅する。地理的にはかなり近いし、スタバからの距離でいえば、②の方が遠いぐらいである。

 

さらに注目されたいのは、スタバのカップが消滅した③において、お酒を持っている人が出現したということだ。つまり、スタバ圏とアルコール圏は、水と油のように互いにはじきあい、両立しないということなのだろうか。この辺りは、もうすこしさまざまなデータでもって立証が必要であるが、興味深い結果ではある。

 

いずれにしても、この地図におけるスタバ圏は、①・②にあたり、東池袋公園にはスタバ圏は及ばず、なぜかブロックされている。地理的には、決して遠くないにもかかわらず、だ。

 

スタバ圏の意味

 

これはどういうことだろう。

 

おそらく、これは東池袋公園の雰囲気にある。地図にも、「平和の碑」や「鎮守の森」(鎮守の森はぼくが勝手に命名した)と書いてあるとおり、東池袋公園はどこかしら暗い雰囲気を漂わせている。

 

なぜか。

 

もともと、この地には(サンシャインの敷地もそうだったのだけれど)太平洋戦争におけるA級戦犯を拘留していた、巣鴨プリズンがあったのだ。その慰霊のために、この場所には平和を願う碑がひっそりとした森と共に置かれている。

 

つまりいえば、スタバのオシャレな感じとはかなり相性が悪い、そうした土地なのである。スタバを持つひとびとはそうした土地性を敏感に読み取り、ほとんど精神的なレベルで東池袋公園を避けているのだろうか。

 

ここから導き出せる、一つの仮説はこうだ。

 

スタバ圏とは、地理的な距離でなくて、精神的な距離感によって決められるのだ、と。

 

池袋サンシャインのスタバを利用するひとにとって、サンシャインの構内は精神的に近いが、東池袋公園の慰霊碑や鎮守の森は精神的に遠い。それは、地理的な距離感の問題では、まったくない。

 

むろん、これは仮説でしかない。がしかし、あらゆるスタバでいくつかの同様の調査を行えば、立証できそうな気もしている。

 

これが分かれば、スタバ圏を元に、ひとびとが一体なにに意識を向けていて、あるいはなにを意識の外に置いているのか、そうしたことも分かりそうなのである。